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宇都宮地方裁判所 昭和29年(ワ)371号 判決

原告 山田テル

被告 松沼庄三郎

主文

被告は原告に対して金五万円及びこれに対する昭和二九年一一月二〇日以降完済迄年五分の割合の金員を支払わなければならない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し各その一を原告及び被告の負担とする。

主文第一項は原告に於て金一万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

被告が肩書住居で、田畑三町余の外山林及び宅地を所有する農家の世帯主であること、被告の四男訴外松沼定治が昭和二九年九月八日午前七時三〇分頃、大根約一〇〇貫を績載した自動三輪車を操縦して、栃木市万町足利銀行栃木支店前大通り(日光街道)を省線栃木駅方面に疾走中、たまたま長女佳代(二歳)を背に、自転車で同所附近を通行中の原告と衝突したことは、当事者間に争いのないところである。

成立に争いのない甲第一号証、同第二号証、証人金田文夫、同山田良雄、原告本人の供述によると、原告は右交通事故の為、左右鎖骨々折、肘部を中心とする上膊並びに前膊にわたる血腫及び壊疸左顔面擦過傷並びに肘部打撲傷の傷害を受け、昭和二九年九月八日から同年一一月一一日迄、栃木市日ノ出町一五六九番地金田外科医院に入院加療した結果治療したけれども、右肘関節部に瘢痕を止め且右腕に運動障害を残していることが認められる。

原告は、右事故の原因が訴外定治の過失にあると主張し、被告はそれが原告の過失に基づくと争うのであるが、成立に争いのない甲第一一号証の六、七、九、一三、一四に証人三浦秀の証言、現場検証の結果及び原告本人の供述を綜合すると、訴外松沼定治は本件事故当時、栃木市万町足利銀行栃木支店前十字路附近に於て、訴外佐藤保吉の操縦するオート三輪車に進路を譲るために減速したので、検証図面(2)点附近に於て、原告の自転車と併進したが、前記訴外佐藤のオート三輪車が右折した直後、原告を追越そうとして加速前進した際、前記図面(3)附近に於て、自己のオート三輪車のボデーを原告の自転車後部に衝突させて、原告を自転車もろとも跳ね飛ばしてしまつたものであるが、これについては、訴外定治が当時交通閑散であつたのであるから、予め道路の中央部を進行するか、又は原告の右側から大きく迂回して追越すかする等の注意義務を怠り、漫然原告に接近したままの位置で加速し、同人を追越そうとした過失に起因するものと認められる。右認定に反する証人松沼定治の証言は信用しがたく、他に右認定を覆すに足る証拠はない。尤も当時原告は二歳になる長女を背負つて自転車を運転していた為原告の行動が敏活さを欠き、且転倒した際にも行動の不自由と背中の幼児の重量により、単独運転の場合に比し、傷害の程度が甚しかつたことは容易に推測できるところであるから、その限度で原告にも又過失があつたと言うべきである。

次に被告代理人は、仮に訴外定治に過失があつたとしても、同人は被告の使用人でなく、訴外松沼利一部の使用人であるから、被告には使用者としての責任はないと主張する。然し証人松沼利一郎の証言(二回)、同松沼定治の証言及び被告本人の供述によると、被告は約十年前から家業の農業を長男訴外松沼利一郎に委ねて別居し、右利一郎が農業経営の一切の釆配を振り、本件事故当時も訴外定治は右利一郎の差図で野菜を運搬していたのであるが、農業不動産の大部分は被告の所有名義になつており、供出、納税も被告名義で行い、又収支計算も右利一郎と被告の間には截然たる区別がなされず同一会計であることが明かである。

ところでこのように被告が直接農業経営に携さわらず、一切右長男利一郎に任せている場合でも、その主要資本たる農地の大部分の所有権が被告に帰属している以上、被告はいわば資本家であつて、その企業に伴う社会的責任の帰属者は当然被告であり、従つて被告は訴外定治を直接使用監督しなくても、その使用者たる地位にあり同人の本件事故についての過失に基く不法行為の責任を負ねばならない。そこで被告は原告に対してその損害を賠償しなければならないのであるが、原告代理人の本件事故により原告が四七、九二八円の財産上の損害を蒙つた旨の主張は、立証がないので採用できない。然し前述の如く原告は本件事故により傷害を受け、それが現在も右肘関節部に瘢痕を止め、且右腕に運動障害を残しているのであるから、精神的損害を蒙つたと言うべきであり、これに対して被告は慰藉料を支払わねばならない。その額については、前述の如く原告にも過失があつたこと、被告が相当の富農であること、これに対し原告本人の供述によれば、原告方は原告夫婦の間に三児があり、資産はなく原告の夫は現在東京で自動車の修理工をしており、月収約一万円であること、成立に争いのない乙第三号証の一乃至五及び証人山田良雄の証言によれば、被告は原告の治療費、入院費の金額二八、〇五〇円を支払つた外数回にわたつて見舞品を贈り、示談金支払を申出る等誠意を示していること、以上の点を考慮して、五〇、〇〇〇円を相当と認める。

従つて被告に対して五〇、〇〇〇円及びこれに対する訴状送達の翌日である昭和二九年一一月二〇日以降完済迄年五分の割合の金員の支払を求める限度に於て原告の本訴請求は正当であるから認容し、訴訟費用については民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言については同法第一九六条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官 斉藤寿)

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